矯正歯科は歯科の中で大変特殊な分野です。
そこで矯正歯科がどのように特殊かについてお話します。
歯の移動は体の生理的機能を矯正歯科医が応用して、その許容範囲の中で行っています。
したがって、計画的な歯の移動(矯正治療)を行うには慎重な判断そして経験が必要です。
このように矯正歯科治療は少し大変ですが、治療が終わった時のさわやかスマイル、良い咬み合わせは一生の財産となるでしょう。
私達は矯正歯科治療の目標を次のように考えています。
(1)対称的できれいな形の咬み合わせ(形態的な正常咬合)を創る
人の歯は人種や性別に関係なく、形や大きさに規則性があります。そこでほぼ一定した形(正常咬合)に歯列を並べられる可能性があります。矯正治療で対称的、規則的に歯が並ぶと歯列が機能美を持ちます。それは新幹線やスポーツカーが流線形で速そうに見えるのと同じ感じです。
(2)良く機能する咬み合わせ(機能的な正常咬合)を創る
歯や口腔は、食物を食べたり、呼吸したり、会話をしたり、笑ったりという、人が生きていくうえで必要な機能があります。そこでこのような機能が良く働く形に歯列を並べます。
(3)個性に合った口元のさわやかさ、さわやかスマイル、そして明るい気持ちにする咬み合わせ(明るい気持ちになる正常咬合)を創る
私達は社会生活を営んでおり、集団の中で自分の存在を大事に致します。そこで人々に受け入れられやすい、さわやかな口元、さわやかスマイルは大事です。このことは(1)と関連いたします。
(4)虫歯や歯周病になりにくい咬み合わせ(予防性の高い正常咬合)を創る
咬み合わせが悪いと必ず歯科疾患にかかるわけではありませんが、良い咬み合わせは歯磨き効果が高まり歯科疾患のリスクを減らします。
(5)鼻呼吸のために良い咬み合わせ(鼻呼吸に良い正常咬合)を創る
人は空気(酸素)を吸って生きていますが、その場合、可能であれば、鼻で呼吸する(鼻呼吸)ほうが口で呼吸する(口呼吸)より体によいことがわかっています。正しい咬み合わせは鼻呼吸を助けます。
(6)正常咬合を永く維持していくための情報の提供
矯正歯科治療を通して歯と口腔の健康管理の情報も知っていただきたいと思います。矯正治療で得た正常咬合は、正しい歯磨き、保定装置の使用、そして体の健康管理をして維持していただきます。
1.精密検査、分析、診断と治療方針、十分な説明が必須
矯正治療によって前記の目標を達成するためには、レントゲンなどを含む精密検査で患者さんの基礎資料を集め、これを分析して治療の青写真、治療計画をたてます。これを十分ご理解いただいたうえで治療に入ります。
2.不正咬合を治すための歯の移動
不正咬合を矯正治療によって治すためには、治療計画にそって歯を骨の中で移動します。この方法は、主にブラケットという矯正装置を使い、多くは100g~200gの力を歯にかけて行います。
つまり歯は、押された歯の根のまわりの骨が溶けたり、造られたりして動きます。 このため、歯の移動には大変時間がかかります。
3.歯はなぜ動くのか:体の生物反応を利用する矯正治療
歯を計画的に移動しようとすると、歯根周囲の骨に押される部分(圧迫側)と引っ張られる部分(牽引側)とができます。圧迫部では骨が吸収し、牽引部では骨ができることによって少しずつ歯が移動していきます。
3枚の写真は歯が動く原理を示す顕微鏡写真です(組織図はねずみの歯と骨です)
引っ張られている部分の
新しい骨(骨芽細胞が出現) 移動している歯のレントゲン写真(矢印の方向に歯が移動しています) 圧迫されている部分の骨の吸収(破骨細胞が出現)
左の写真は圧迫を受けた骨には吸収(破骨細胞の働き)がおこり、ひっぱられた骨には新しい骨(骨芽細胞の働き)が生じることを示しています。
このような組織の変化の結果、歯が移動します。従って矯正歯科治療には熟練した慎重な判断が必須です。
4.矯正歯科治療と成長発育
最近では成人矯正治療を希望される方も増えてきましたが、一般的には矯正歯科治療の対象は子供が多いと思います。
この理由は、早めに好ましい歯列、咬み合わせを持つ方がよい、成長発育をうまく利用して矯正治療ができる可能性がある、等であると思います。
ところが成長発育というのは、私たち矯正歯科医にとっては大変難しい問題です。
それはまず個人差が大きく、例えば背の伸びる時期、その量はお子さんによって違います。また、男女差があり、12歳ぐらいですと女子の方が、男子より早く成長しています。
そして、困ったことに、その成長量はなかなか予測が難しいのです。
上の図はスキャモンという学者が作った全身の主な組織の成長量の差を示す図です。
全身の各組織は、子供が大人になるまでの間に、組織によって成長量が異なることが分かります。
歯が植わっている上あご(上顎骨)と下あご(下顎骨)も別々な成長をしますので、歯を治すときには、あごの成長や位置のことを良く考えないといけません。
よく矯正歯科治療は、自動車を走らせながらブレーキやアクセル、そしてタイヤを修理しているようなものだ、といわれます。
お子さんの矯正歯科治療は、成長を続ける顎骨を観察しながら歯の治療をするので、この点は大変難しく、時間がかかり、お子様もご両親も、私たちも根気が要ります。そして、このような判断には熟練を要します。
5.矯正治療って痛い?
歯の移動時には歯根のまわりに炎症性の反応が起こり、多少の痛みが生じます。この痛みは大変個人差があります。
私達は、なるべく弱く優しい力を使う、根のまわりの血液循環を良くする工夫、など新開発のペインコントロール技術を用いた痛みの少ない矯正治療に取りくんでいます。
6.矯正治療の注意点
矯正治療を成功させるためには、いくつか注意しなければならないことがあります。
ムシ歯:
矯正装置はムシ歯菌の"すみか"になりかねません。歯みがきの訓練、歯質の強化、食生活の注意が必要です。 私たちはこれらのことを徹底して御指導いたします。
歯根吸収:
歯の移動は歯周組織の生理的な反応を利用して行いますが、骨の中を歯が移動する時に歯根が少し吸収されることがあり、歯根吸収と呼んでいます。 この現象は残念ながら予測がむずかしいのですが、このリスクを最小にするように矯正力のコントロールやレントゲンのチェックをいたします。
歯が動く時の痛み:
歯が動く初期に痛みを生じることが多いのですが、たいへん個人差があります。 私達は新開発のペインコントロール技術を用いて痛みの少ない矯正治療に取り組んでおります。
緊急時の対策:
装置がこわれたり、粘膜に引っかかったりした時は、速やかに対応するようにしています。